【当たり前を、当たり前と思わない】
更新日:8月26日
振り返れば、6月中旬から夏休みが終わるまで、イベントや大会、検定、特別練習など、ほとんど休むことなく走り続けてきました。
「もっといろいろなことができたのではないか」と、その都度反省することもあります。それでも、どの行事にもできる限りのことをしたいと思い、一つひとつに考えや思いを込めて企画・運営してきたつもりです。
ただ、ときどき、そのような、ある意味「特別なこと」が、当たり前のこととして受け止められているのではないかと感じることがあります。
以前、父から、
「どんなことにも見返りを求めるような、器の小さい人間にはなるな」
と言われたことがあります。
本当にそのとおりだと思いますし、素晴らしい考え方だと思います。
しかし、40代半ばになった今、正直に思うことがあります。
「自分は、そこまで立派にはなれないな」と。
ここで言う「見返り」とは、お金や物、特別なお返しが欲しいということではありません。
個人をお祝いするための行事や特別なイベントを開催したとき、たった一言でも「ありがとうございました」と言ってもらえたら、それだけで「やって良かった」「また頑張ろう」と思えるものです。
もちろん、感謝の言葉を求めてイベントを行っているわけではありません。それでも、時間をかけて準備し、さまざまな思いを込めて開催したことに対して何の言葉もないと、正直、少し寂しく感じることがあります。
だからこそ、自分自身の心を守るためにも、以後感謝や思いやりが感じられない相手にまで、必要以上のことをするのはやめようと決めています。
ただ、これは相手にだけ求めるものではなく、自分自身にも言えることです。
生徒が教室に通ってくれていることは、決して当たり前ではありません。
通常よりも長い時間、練習に励んでくれる生徒たち。
教室の方針や活動にご理解とご協力をいただいている保護者の皆さま。
毎日一緒に働き、教室を支えてくれている妻や助手の先生方。
これまで支えてくれた両親。
そして、検定試験や大会などを運営してくださっている先生方。
そのすべての存在を、決して当たり前だと思ってはいけない。
「ありがとう」と言ってもらうことを求める前に、まずは自分自身が、周りの方々への感謝をきちんと言葉にして伝えられているのか。
自分も「してもらって当たり前」と思わず、感謝の気持ちを忘れない人間でありたいと思います。
当たり前のことなど、何一つありません。
夏休みを終えた今、ブログを書きながら、あらためてそう感じています。
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