そろばんの基本は「読上算」
札幌で指導を始めて数年が経った頃、塾長である父から、こんな質問をされたことがあります。
「そろばんの基本は何かわかるか?」
私は迷わず「見取算」と答えました。
しかし、父の答えは「読上算」でした。
当時の私には、その言葉の意味がよくわかりませんでした。
今から30年ほど前、たまえ珠算塾が全盛期を迎えていた頃の話です。
当時は1年365日、お正月も休むことなく、平日は5時間、週末は8時間という練習を毎日続けていました。
練習の大半はプリントによる練習で、読上暗算には40〜50分ほど時間をかけていた一方、読上算の練習は10分程度だったと記憶しています。
当時、たまえ珠算塾の選手たちは、全国大会や全道大会で個人総合、読上算ともに数多くの優勝を重ねていました。
しかし、私の記憶では、読上算の練習に特別重きを置いていたという印象はありません。
むしろ読上暗算の方が、一人ひとりのレベルに合わせて細かく練習していた印象があります。
それなのに、なぜ父は「そろばんの基本は読上算」と言ったのか。
父からは昔から「何でも答えを求めるな。答えは自分で考えろ」と言われてきました。
その言葉どおり、今でも自分なりに考え、模索を続けています。
現在、読上暗算や個人総合で日本一を目指して頑張っている奈良優杜選手の練習についても、父からは必ずと言っていいほど、
「読上算の練習はしているか?」「決勝の練習はしているか?」
と念を押されます。
正直なところ、以前はそこまで読上算にこだわる理由が、十分には理解できていませんでした。
しかし最近になって、父が言わんとしていることが、少しだけわかってきたような気がしています。
まだ自分の中で明確な答えが出たわけではありませんが、最近はそんなことを考えるようになりました。
30年前、当たり前のように行っていた練習に、今になって気づく意味や理由に気づくことがあります。
選手の頃よりも指導する立場になってからの方が、学ぶことが多いと感じています。
まだまだ先は長いですが、父が築いてきた指導の積み重ねを大切にしながら、指導者として成長していきたいと思っています。
そして、もう一度、日本一の教室を目指して。
これからも生徒たちと一緒に、日々の練習に励んでいきたいと思います。
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