やり方と習得
最近、ある生徒からこんな質問を受けました。
「答えを書いている間に次の計算をする方法、やり方を教えてください」
その生徒は、以前からよく「やり方」を質問してくる生徒でした。
例えば、読上算でも「もっと速くそろばんを弾く方法を教えてください」といった具合です。
もちろん、どんな技術にも基本となる考え方や方法はあります。
しかし、やり方を教えてもらうことと、その技術を習得することは、まったく別の話です。
数学の公式や方程式のように、方法を覚えればそのまま使えるものと、何度も練習を重ねて初めて身につく技術とでは、大きな違いがあります。
例えば、プロ野球選手、さらにはメジャーリーグの選手を見ても、同じボールを投げるという動作一つを取っても、そのフォームや投げ方は人それぞれです。
それは、誰に教わってきたかということもあるでしょうし、選手自身が長い時間をかけて試行錯誤した結果でもあるのでしょう。
そして、自分に合った形を見つけるまでに、どれほどの時間が必要なのでしょうか。
仮にその形を見つけたとしても、最初から結果が出るとは限りません。
そろばん計算から暗算計算への切り替えも、まさにそうだと思います。
まれに、最初からスムーズに切り替えられる生徒もいます。しかし、多くの場合、そろばんから暗算へ切り替えることで、一時的に正答率も点数も下がります。
それでも練習を積み重ねることで、少しずつスピードが上がり、正答率も安定し、やがて以前の自分を超えていきます。
やり方を知ったからできるようになるのではなく、練習を積み重ねることで、その技術を自分のものにしていく。
私はそう考えています。
さて、話を戻します。
今回質問してきた生徒は、週2回、各1時間の授業を受けています。
ただ、中学生になってからは通塾する頻度にも波があります。
もちろん、中学生になれば学校生活も忙しくなりますし、それは仕方のないことだと思っています。
しかし、練習量が減っている影響もあり、現在の点数は決して良い状況とはいえません。
そんな中で「答えを書いている間に次の計算をする」という技術を習得しようとするのは、今のタイミングではないのではないか。
そう感じました。
そこで私は、
「立ち上がれるようになったばかりの赤ちゃんに、歩き方を教える前に走り方を教えるようなものだよ。まずは基本の計算を安定して正解できるようになることが先。その次のステップとして考えよう」
と伝えました。
しかし、帰宅してから、あの答え方で良かったのだろうかと考えました。
例えば、2桁×2桁のような簡単な問題を使って、答えを書きながら次の計算をする練習方法を教えてあげても良かったのではないか。
せっかく生徒が興味を持ち、自分から質問してきたのです。
普通に考えれば、その意欲に応えてあげるべきだったのかもしれません。
でも、もう一方で、こうも思うのです。
家庭学習はほとんどなく、通塾も週に1〜2回。
その限られた時間の中で、そろばんや暗算の基本練習があり、さらに種目別の練習もあります。
そこから何かの練習時間を削って、2桁×2桁の問題で「答えを書きながら次の計算をする練習」を取り入れる。
果たして、それで技術を習得できるのでしょうか。
私は難しいと思います。
ただでさえ練習量が足りていない中で、基本練習の時間をさらに減らしてしまう。
その結果、新しい技術は身につかず、計算間違いが増えたり、書く文字が乱れたりして、かえって点数を下げてしまう。
そんな結末になる可能性の方が高いのではないかと感じました。
そう考えると、やはり今は教えるべきではなかったのかもしれません。
しかし、ここが難しいところです。
せっかく生徒が意欲的に質問してきたのだから、その気持ちには応えてあげたい。
その思いもあります。
ただ、今回の生徒について、以前から少し気になっていることがあります。
それは、どんな技術にも方程式のような「やり方」が存在し、そのやり方さえ教えてもらえれば、自分もできるようになると考えているように感じることです。
もちろん、やり方を質問すること自体は悪いことではありません。
むしろ、上達したいという気持ちがあるからこそ出てくる質問でしょう。
しかし、私は「やり方を知ること」と「技術を習得すること」は、まったく別のものだと思っています。
極端な例ですが、
「100メートルを9秒58で走る方法を教えてください」
と言われたら、どうでしょうか。
走り方の基本や、速く走るためのポイントを説明することはできます。
しかし、それを聞いたからといって、誰もが9秒58で走れるようになるわけではありません。
そこには、長年の練習や試行錯誤、身体能力、そして積み重ねてきた経験があります。
そろばんも同じではないでしょうか。
速く計算する方法を言葉で説明することはできます。
しかし、それを実際の計算の中で使いこなし、正確に、しかも無意識に近い状態でできるようになるには、相応の練習が必要です。
答えを書いている間に次の計算をする生徒も、最初からその技術ができていたわけではありません。
基本計算を繰り返し、正確さを身につけ、スピードを高めてきた。その積み重ねの中で、少しずつ身につけてきた技術なのだと思います。
もちろん、意識して練習した部分もあるでしょうし、自分なりに工夫して身につけた部分もあるでしょう。
ただ、そこには必ず「習得するまでの過程」があります。
今回、私が生徒に一番伝えたかったのは、実はそこだったのかもしれません。
やり方を教わることが、上達への近道になる場合もあります。
しかし、やり方を知ることばかり求めて、その技術を身につけるために必要な練習が後回しになってしまっては、本末転倒です。
今回も、簡単な問題を使って少し体験させた上で、今の自分に必要な練習は何なのかを一緒に考える方法もあったのかもしれません。
教えなかったことが正しかったのか。
それとも、まず教えてみるべきだったのか。
今でも答えは出ていません。
ただ、私が伝えたかったのは「その技術はまだ早い」ということだけではありません。
技術には、やり方を知ることで理解できる部分と、長い時間をかけて練習しなければ習得できない部分がある。
そして、どんなに優れたやり方を知っていても、それを自分の技術に変えていくには、日々の練習が欠かせないのだと思います。
生徒の「できるようになりたい」という気持ちを大切にしながら、今、本当に必要な練習へどう導いていくのか。
教えることと、習得させること。
その違いを改めて考えさせられた出来事でした。
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